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2017-06-22

人生はリベンジ!失敗してもそこから出直せばいいんです

取材日:2017-06-22
インタビュイー:成島由美校長(2017年4月大妻中学高等学校校長就任)
インタビュアー:教育図鑑編集部 田口亮太

【イントロダクション】
「最初から成功してる子はいないんです」2017年4月に着任した新校長はよく笑い、人を惹きつける魅力がある女性である。「生徒の人生のピークは30年後、50年後。」「それまでに悔しい思いとか負けた思いとか、失敗をいっぱいしてほしい。」ベネッセの最年少執行役員だった彼女に失敗や悔しい想いなどあったのか? しかし、よくよく聴くとたくさんのエピソードが詰まっていた。失敗があったからこそ強いのか、生まれつきなのか。そんな成島校長は、伝統ある大妻の何を残し、何を変え、何を目指そうとしているのか、80分を超えるロング・インタビューです。

このインタビューの本稿に入る前に彼女がどのような人物なのか、校長になる以前、「日経ビジネス(2010年6月28日号)」の「チーム成島の栄光」という記事から彼女の経歴を引用します。
1992年ベネッセ入社
1994年「中3講座」英語リーダーに就任。
 ・継続率・受講者数とも過去最高を記録
1996年「高2講座」英語リーダーに就任。
・翌年、継続率・受講者数過去最高を記録。
1998年「小6講座」編集長に就任。
・継続率・講座満足度調査記録更新。
2000年「小4講座」営業リーダーに就任。
・継続率過去最高を記録。
2001年中学講座事業部統括責任者補佐(翌年統括責任者)に就任。
・V字回復を牽引
2005年最年少の35歳で執行役員に就任。

この記事には、印象的なエピソードが多いのだが、その中で特に成島校長の仕事に対する姿勢が表れている文章があります。彼女の当時の部下が語ったものですが、こちらも引用します。

「(成島は)例えば、褒める時には「上司」を使う。自分が課長なら部長に報告して褒めてもらう。逆に叱る時は「顧客」に立ち返る。自分が怒っているのではなく、その行動で顧客がどう悲しむのかを説く。成功事例は全員で共有する。いつも顧客の立場で考える。皆、成島から学んだ。」

このインタビューを通じ、私には成島校長が生徒を立ち返るべき“顧客”と位置付けているという感想を持ちました。それだけでなく(“大妻”を進化させる仕事)のチームメンバーとしても生徒に期待しているような気がしてなりませんでした。前置きが長くなってしまいました。本編をどうぞ。

成島 由美 校長

1. 就任前の経歴

田口:今年の4月に校長に就任されたということですが、その前はどういったことをされていたのでしょうか。

成島先生:新卒でベネッセ(当時は福武書店)という民間企業に入社して25年、ずっと教育畑を歩いてきました。家庭学習支援の事業に随分長くいたのと、途中で施設介護にも少し関わったり。あとは塾のM&Aですね。それ以外はずっと20年ぐらい進研ゼミ事業でした。

2. いつかは教壇に立ちたい

田口:もともと教育に携わる仕事をやりたかったのでしょうか?

成島先生:はい。教員免許は取りましたし、いつかは教育者として教壇に立ちたいなという気持ちもありました。最初はやっぱり企業で働いてみたいと思い就活ではマスコミを中心に受けていましたが、教育の発信事業者として当時福武書店が大きかったこともあり、結果的には教育の出版系に就職したという感じですね。

3. 女性が活躍する職場に就職

編集部A:当時福武書店は、女性が活き活きできる職場としてランキング上位に入っていましたよね。そういったところも福武書店を選ばれた理由でしょうか?

成島先生:そうですね、長く働きたかったということもあったので。説明会に行っても女性が随分出てきたりして、女性がポジションに就いている会社だということが感じられ、ここならやっていけるかな、長く居着きやすいんじゃないかなと思ったりしました。

編集部A:ベネッセ時代に一番楽しかったお仕事って何ですか?

成島先生:一番面白かったのは二つあるかな。一つは、どうしようもない中学校事業を立て直せって言われて。それが30歳くらいのとき。私は新人のとき「集英社とか講談社とか落ちて仕方なく福武に来たんです」みたいなことを言って、「本当生意気だなおまえは」とか言われていて(笑)。所属長というか事業責任者の席に行って、「私、つまらないので正直辞めたいと思っているんですけど、あなたの仕事は面白そうだからその仕事に就くにはどうしたらいいんですか」って聞いたんです。そしたら「お前もなかなか面白いことを言うな、新人のくせに」と(笑)。「何年でこの席に座りたいんだ?」って言うから「多分10年もたないと思います」って言ったら、「ばか、俺35だぞ」って言われたんですけど(笑)。

新入社員時代

でも結局彼は、私が31歳か32歳のとき、もうすぐ10年っていうときにそのポジション(編集部注:中学講座事業の責任者)を用意してくれて。中学講座事業というのは、毎年10万人くらい読者が減ってる事業。それを「あのとき言ったんだから、やってみろ」って言われて、やらせてもらったんですね。それをチームで業績回復させたときが面白かったですね。数字もついてきたしメンバーもついてきたし。

 中学講座事業を回復させた結果、役員になったんですけど、そのあと小学校事業に行けって言われて。小学校事業は負け知らずでずっと勝っていた常勝集団ですが、“05問題”っていうベネッセですごく大きい問題であって。何かというと、2005年生まれの子以降は台帳閲覧が禁止のラインなんです。

【※編集部注釈:当時ベネッセの主要事業「進研ゼミ」の最も強力な集客ツールはダイレクト・メール(DM)。自治体の住民基本台帳を基にDM送付先リストを作成していたが、個人情報保護の機運が高まる中、台帳の閲覧をやめることをベネッセは決めていた。】

それより前の子たちは全部台帳閲覧してたからほとんどの生徒を把握してたんだけど05以降それがない。でも数字を落とすなと。情報がないのに落とすなと言われて。そこで、これからは商品力とか営業の訴求力とか中身次第になっていくなと思い、いろんなことをやりましたね。『チャレンジ』のデジタル化をして、タブレットが100万台くらい売れて。「日本でこんなにタブレットを売った人はいませんよ」ってパナソニックデバイスの社長にも言われて。そういうのは面白かったですね。打てば市場は響いてくれたりとか、何もしないとやっぱり人は離れて行くとか。直接子どもにふれる教育事業ではないですけど、日本という規模で小学校・中学校っていう土壌でやってきたことの反応は得られたり、結果が出たことはベネッセで一番面白かったかな。

編集部A:もともとキャリア志向をお持ちだったのですか?

成島先生:キャリア志向ではありました。

編集部A:それはいつ頃からですか?

成島先生:うちは母が専業主婦で、父を支えている姿を見てきました。それで、母から、「こうなっちゃいけない。女の人もこれからは仕事を持って、対等でやっていかなくちゃいけない。せっかく四年制の大学を出すんだから」って言われていたので、高校の頃から長く働ける面白い会社がいいと思っていました。今思えばマスコミの倍率って1000倍とか、女子アナとか万に一つですけど。あの頃はひたすら、長くやるからこそ面白いことをしたいっていう好奇心だけで受けていた気がします。だから落ちまくっていました(笑)。

4. フラれまくった10代後半から20代

編集部A:先生も落ちまくってたんですか?

成島先生:落ちまくっていて。昨日も校長講話の授業を高2生にしたのですが。生徒たちは落ちた話とか失敗した話とかが大好きだからその話をしてくれしてくれって主任に言われて。これ昨日の校長講話の原稿なんですけど、10代後半から20代にフラれた数々。チャンネル1から10にすべてとか(笑)。

5. 落ちてもリベンジ

成島先生:それから、おニャン子も落ちた話をしたんです(笑)。

編集部A:おニャン子も落ちたんですか?(笑)

成島先生:はい。生徒たちすごく面白がるんですよ。「おニャン子って大体何なんですか?」みたいな感じなんだけど、「みんなでわかるのはAKBだよ、どっちも秋元康でしょ」って言って。「えー昔のAKBみたいなのに応募したんだ?」ってなってザワザワって。それ17歳のときに応募して落ちたんだよって。

「おにゃんこのまねをして帽子をかぶりセイラーズの服で固めている成島先生」

 私には秋元康みたいな才能はないしフジテレビにも同じような企画を出して書類でフラれた。でも今私一番セーラー服軍団をプロデュースしてるよねって。みんなが輝いてくれれば、飛んだり跳ねたりしなくていいから、とにかく第一志望に行ってねって。セーラー服にまみれてセンターで踊るっていうことは私にできなかったけど、セーラー服の人たちをキラキラにするっていう意味では私は秋元康だからって(笑)。リベンジの人生だっていう話をとにかく昨日はしたんです。落ちて落ちて落ちたんだけど、でも考えてみたら今はセーラー服のど真ん中にいるし、早慶は落ちたけど大学院は早稲田に進んだし。そうやってだめだったものを長い30年なり50年なりでみんなひっくり返せばいいんだよって。

6. 校長講話

成島先生:最初から成功してる子はいないんですよね。だから、人生のいつにピークを持ってくるかなんです。私は大妻の子たちのピークは30年後、50年後でいいと思ってるんです。それまでに悔しい思いとか負けた思いとか、失敗をいっぱいしてほしい。早慶合格は無理かもとか、東大に行きたいけど何とかちゃんに負けてるかもとか、帰国子女じゃないから、とかいろんなわだかまりがあってもそんなのは今の輪切りの瞬間的な悩み。いつかはっていう気持ちがあれば時間と精神力でいくらでも解決できるからっていうことを伝えたんですけど伝わったかな。今がピークのほうが怖いよって。追われることのほうがずっと怖いからね、追いかけるより。  社会が変わる中で新しい産業が求めている力、それは知識よりもむしろ教養と考え方とユニークネス。校長講話では、点数で測れない人間力は実は全部に大事だよ、それは大妻コタカが言ってた「恥を知れ」だよという話もしました。

7. 高校に入って広がった世界

編集部A:先生の考え方に影響を与えたのは例えばどこの時代ですか?

成島先生:やっぱり中高。特に高校は大きかったですね。小中は公立に行っていたのですが、お山の大将でいられるわけです。そんなに勉強しなくてもいつもトップだったとか。でも高校はやっぱり選抜された生徒が集まるので。土管が置いてある公園で遊んでいた子が勉強して、県内で一番の女子高に行ってみたら、全然自分よりできる子がいる。そこで突き抜けなきゃいけないと思ったときに、頭では負けていても気では負けないとか、何かをいつも探していた気がして。何をしても自分以上っていう人が女子ではいなかった世界から、高校ではやってもやっても上がいるわけですよ。何をしても、球技をするにしても走るにしても、勉強はもちろん。上には上がいるんだって知ったのは高校で。そのときにこういうタフさとか辛抱強さとかは学んだかなって思います。

「おにゃんこの歌をまねしている成島先生(左から2番目)」

田口:大学に入って感じたことなどを教えていただけますか。

成島先生:大学で思ったのは、地方の県立から来た私と、女子御三家から来ていたりする子たちと別に何の違いもないんだなって。むしろ地方から来た子たちのほうが元気だったりするし。偏差値じゃないんだなっていうのは、大学でだんだん感じてきたんですよ。

8. 中学校・高校に通うこと、そして勉強することの意味

田口:中学校とか高校に通う意味または勉強することの意味を教えていただけますか。

成島先生:まず基礎的な学力とかスキルを身につけるっていうのは絶対大事です。それから学校は人が集まる場所なので人間性とか社会性を磨くということの2点だと思いますね。勉強することの意味って選択肢を増やすことじゃないですかね。夢とかなりたいものについてあきらめないで済む。そのためには勉強の意味が随分広いと思うんです。教養とか学校で習うこととか、そして友達からの学びとか。

田口:基礎学力は社会に出てからどんなところで役に立つのでしょうか。

成島先生:基本的にはきちんとした手紙が書けるとか、お釣りがもらえるとか。社会に出て役立つということに関しては、そういうことだと思うんです。でも、非認知スキル(意欲・協調性・粘り強さ・忍耐力・計画性などの個人の特性)と、国語・数学の学びというのは決して離れているものではないと思うんです。数学の証明問題あるいは図形問題で補助線がどこに引けるかとか、限られた時間で難しい幾何とか関数の問題を解く力は、多分社会に出てもほとんど要らないと思うんですよ。でも大学は、“挑む力“とか“見えない精神“とか“謙虚に学んだ“ということを見ているんだと思うんですね。学力ももちろん大事だけど、それを計画的に覚えようとか、逃げないで試験日にちゃんと来るとか、限られた範囲を眠いのを我慢して勉強するとか。締め切りを守るとか複数のタスクをこなすことは、中間期末の三日間で7科目の試験を受けるのと似ているんです。そういった力を教科というツールを使って学校で鍛えているんだろうなって。社会から戻ってくると学校はそういう場に見えますね。昔から試験というものはありますが、それにきちんと取り組んで大学に行ったというのは、ある意味あまり間違っていないのかなって思います。改革は必要だと思うんですけどね。

編集部A:教員になるとしたら高校がいいというお話がありましたが、それはできれば早い段階で何か刺激を与えてあげたいというということでしょうか。

成島先生:与えてあげる。それはそのとおりです。先の選択肢がすごく選べる時代ですよね。そこでいろんな視野を広げてあげられるのって中高かなと思ったんです。海外にも行けるしバリバリのドクターとか理科系のほうにも行けるし、人の一生のハンドルを切りやすいというか。中高は面白いし可能性も広がりがあると思います。

9. 「はみ出してもいい、変人になれ」

編集部A:先生はベネッセ時代どうでしたか?周りから変わっていると言われました?

成島先生:変わっているというか、「代わりがいない」というのはよく言われましたし、今でも言われます。

編集部A:それは素質でしょうか。

成島先生:あんまり考えたことないけど、とにかく落ちまくった人生なので。ベネッセしか与えられなかったわけだから、そこで楽しくなるにはどんどん上にいって好きなことをやるしかないっていうふうに気持ちを切り替えたんです。テレビ局には入れなかったけど、最後にやった仕事はベネッセチャンネルっていう、みんなのタブレットをテレビにしちゃえっていうもの。共同通信とコラボして中学生ニュースを配信するとか、そういうこともできたわけです。本来ならそれは日テレでやりたかったけど、そこでやれなかったことはベネッセでやればいい。

編集部A:よく護送船団方式って昔から銀行だけじゃなくて、学校の中でも時間と場所を共有する40人の生徒たちが同じように言われますけど、大妻はそこは変わっていくんですか?

成島先生:変わっていくと思いますけどね、きっと。みんな一緒じゃなくていいと言ってるので。変人になれって。だからこの前の校長講話の題材にも、なるべく変なものを探したんですよ(笑)。私は歴女だったっていう変な写真とか。神社の巫女をやっていたからその写真とかね。みんなと違う知識があったり、みんなと違う経験をしているってすごく珍しがられるから、それだけでも話題が広がったり。特にそれが伝統芸能とか日本古来のものだと、海外の人が知りたがるから1個ぐらいそれをやりなさいと。例えば楽器か茶道か華道を一つ、それから体育で身体を動かすのを一つ、それで英語をとにかく頑張る。これだけで人生が随分変わるよっていう話を昨日したんです。

「神社の巫女をしている成島先生」

編集部A:はみ出してもいいと先生は思われてるわけですね、最初から。

成島先生:最初からはみ出してますから。幼稚園を停学になってるんですよ、私。幼稚園のときの夢が学校の先生なんですけど、それは園の先生を全員敵に回していたから、園の先生を超えるには学校の先生しかないと幼稚園児ならではで思っていたんですよね。

編集部A:ガキ大将だった?

成島先生:いつも長がついてました。団長とか。長がつくあだ名って珍しくないですか?あの頃は「全員集合」が全盛期でしたから、長さん(いかりや長介)だったわけですよね。「団長、オイーッス」です。

10. 自身の知見・民間企業で得たことを伝える

田口:大妻中学・高等学校の校長に就任したきっかけを教えてください。

成島先生:もともと大妻には理事で入っていて、校長じゃないにしてもいつか高校の教員になってみたいっていうのはあったんです。前の校長や理事長から「学校経営に興味ありますか?」と何回かお誘いを受けていて。私学って自分なりの教育方針をできるだけイメージを派生させてとかうまいことやれるじゃないですか。自分の知見や民間で得てきたことを活かして、やってみたいことを試行錯誤しながらできるかなと。いろいろなことが変わる中で先生方も迷われていたり、どう向かっていけばいいのかっていうときに一番入りやすいタイミングだったのかなとも思います。

1. 評価すべき点

田口:4月に就任されたとき感じられたことがたくさんあると思います。大妻中学校、高等学校の現状について評価すべき点と課題を。まず評価すべき点を教えていただけますか。

成島先生:評価すべき点は本当に地道で丁寧な指導です。ノート指導とかはお父さんとお母さんに説明すると驚くほど丁寧に指導していますね。

田口:ノート指導ってどんなことをされているんですか?

成島先生:ちゃんと勉強して丸つけてるかとか、こっち側にプリントを貼ってこっち側に答えを書いて、ここに今日わかったことを書こうとか。作法から指導して、それをちゃんとできてるか定期的に見て。小学校みたいですけど、集めて見て。それができてないと呼び出して指導するとか。

あとは学校の夏期講習です。先生たちは夏休みがない。たくさん選べるコマを作り教室を用意して調整してます。

田口:それは必修ですか?

成島先生:必修ではないです。自由でいいんですよ。お金はいただかないです。テキスト代だけです。基本は無料でこういうのをやってあげているのがえらいなと思います。塾いらずの面倒見の良さですよね。一人ひとりに寄り添って。休み時間も先生がすごい親身になってわからないところを教えているんですね。

田口:なるほど。ほかに評価すべき点はありますか?

成島先生:あとは挨拶とか、「らしくあれ」っていう校訓にもあるとおりすごくちゃんと学生らしい生活をさせることには徹底してるなと思います。10代の反抗期の時期でも懐に入り込んで。ちゃんとみんな同じカバンで同じ所作で始められるとか。そういうことは乱れがあったらすぐに校内放送で流れるぐらい。異常があったら先生たちが動くし。綻びをそのままにしないとか、面倒くさいことなんですけど、そこをちゃんとやっているのはえらいなと思いますね。

編集部A:日々日々やるんですね。

成島先生:そう。日々日々やるんですよ。1個でも許してしまうと「やっていいんだ」になってしまうということで。昨日なんか「靴下を一つ折っている子がいた」とか、そういう話ですよ。暑いんだったら折るんじゃないのとか思うんだけど、「折ることは認めていないから、見つけたら注意しましょう」と。伝統とか守り抜いてきたことをちゃんと伝え続けているところはすばらしいと思いますよ。

2. 課題

田口:では次は課題と感じた点を教えていただけますか。

成島先生:課題はやっぱり能動的な学習とか生徒の主体性とか、そういうものをもっともっと引き出すということ。授業を一通り見たんですけど、出来ている先生と出来ていない先生でバラつきがあるんですね。まだ教員の意識が「自分は教える人、生徒は聞く人」っていう古いスタイルが残っているのは確かなので。先生の意識とスタイルが変わらないと、やはり聞き手と教え手になってしまう。ほとんどの時間が授業のコマなので、その中で先生たちがもう少し子ども中心にできる時間割と余裕が必要かなっていうのは課題かと思います。  一方で英語なんかは随分しゃべらせているので評価しています。英語の4技能の習得も。中間期末考査にWritingとSpeakingが入っている学校って少ないんですよ。ここはちゃんと仕上げはネイティブの教員との英検の面接みたいなものが中間期末であるんです。ただ、英語以外の教科でもっと個人を引き出すこととか表現させることとか、答えが一つじゃない思考力とか考えを問う問題については、採点時間の問題などもあり知識偏重で終わっている教科もあるのが現状。そういう意味ではまだ変わらなきゃいけないことはあるかなと。改革途中です。

編集部A:ほかの教科はどうですか。

成島先生:これから力を入れていかなくてはいけないのは120字記述とかですよね。中学校の先生には意識してやっていってほしい。高校も当たり前なんだけど、大学入試が変わるのが今の中学生からなのでそこは意識してテストに入れていってほしい。まず80字あたりから入れていってほしいという話は面談でしました。

編集部A:アウトプットはそもそも教育でどう必要なんでしょうか。

成島先生:生徒の理解度とか完成度とかを知るのはやはりアウトプットしかないと思うんですよね。英語もそうですけど書ければ話せると思うんです。

編集部A:なるほど。情報吸収と再生。

成島先生:そう再生能力。それを問うには書かせるのが一番。しゃべれても書けないってあるじゃないですか。だから一番は書かせることだと思うんです。そして教える。人に教えられたら一番なので。生徒が生徒に教えるとかそういう機会をもっともっと入れていってほしいなと思っているんですけどね。

1. 教科横断的な学習

田口:教科横断的な学習とはどういうものですか?

成島先生:例えば美術の先生がタブレットで情報のスキルを使いながら、プログラミングではないけどデザインをパソコン上で作らせるとかですね。美術的な観点もあるけど情報スキルも見るみたいな。あとはディベートなんかまさにそうだと思いました。国語的な観点と調べて統計データを引き出す根拠データとか。

2. 大学入試改革に向けて

田口:大学入試改革に向けてされていることはありますか?

成島先生:大学入試改革に向けての取り組みで一番はっきりしているのは、英語のネイティブの教員とちゃんとした契約をして常にいてもらいすべてのテストに絡んでもらうということ。英語4技能に力を入れています。あとは技術教科とか論文指導に力を入れていますね。

田口:大学入試改革によって問われる力というのは今の入試とどう変わるのか、もう少し詳しく教えていただけますか。

成島先生:難関大の入試では4技能を問うたり、答えが一つのものよりは考えを述べよ系のほうが高配点のものが多いと思うんですよね。だからことあるごとに日本語でいいから教養的な知識を身につけなさいということを指導しています。堅い社説とか論説をできるだけ新聞から逃げないで読みなさいと。日頃から社会問題とか解決しきれていない地球規模の問題とかいろいろなことに興味を持ってほしい。そういう筋肉を鍛えておくことが重要だと思うんですよ。出題者の視点に立てたらこっちのもの。振り回される側じゃなくて振り回す側の視点に立っちゃえって。一つ上のポジションでものを見ると見えてくるじゃないですか。だけど同じところにいると何も見えないですよね。だから、どうやってちょっとでも高いところから見える位置まで自分を持っていくかなんです。世界が答えを出せていない問題に、若い人たちがどんな考えを持っているのか大学の教員も知りたい。論文を世に出すのにいろいろな知識や専門研究を蓄えている教員の目をとめる、何千枚も答案を見尽くしている教員でも「ん!?」と立ち止まってもらうにはどんなタイトルや書き出しがいいのか考え抜くのが大事なことです。

3. 2016年度の大学進学実績について感想と評価

編集部A:2016年度の大学の進学実績についての感想、評価を教えてください。

成島先生:今年はよかったんじゃないかと思うんですね。東大も出たし京大も出たし。ただ私立は全体的にヘコんだんですよね。短期的には今年の早慶上理で111という数字を倍にしたいと考えています。早慶の目標は高いけど上智は意外と受かりやすい学部もあるので狙っていきたいなと。あらゆるところでTEAPは上智に効いてくるはずなのでTEAPに力を入れようと思ってます。

【※編集部注釈:TEAP(アカデミック英語能力判定試験)とは、上智大学と公益財団法人日本英語検定協会が共同で開発したテストで、大学で学習・研究する際に必要とされる英語運用能力(英語で資料や文献を読む、英語で講義を受ける、英語で意見を述べる、英語で文章を書くなどの技能)をより正確に測定することを目的としている。TEAPを利用した入試を採用する大学が増えおり、TEAPスコアが大学の求める基準をクリアしていると英語試験が免除になるなどのメリットがあるため、今後大学受験で有利になる可能性が高い。】

4. 2017年度から5カ年の進学実績目標

編集部A: 5カ年の目標をお聞きしたいと思います。目標を達成するためにどういった取り組みをされているのでしょうか。

成島先生:高1、高2ではもう一回今年の実績ぐらいは狙っていきたいなと思ってるんです。ただ5年後にはさっき言った倍、私文で倍とか進学実績で倍にしていきたい。そして早慶上理のところですよね。国立は1クラスぐらいは常にいてほしい。今年は27名ですけど40名ぐらいね。家から通える国立に1クラス行きましたみたいなのを目指したいなと。それから理系の生徒3クラスをきちんと入れてあげる。

編集部A:そのためにどういう取り組みをされるんですか。

成島先生:英語だと思うんですよね、まずは英語。ネイティブの教員を常駐させたり、TEAPを受けさせるということはその一つです。

5. 大学卒業後の進路選択、社会の中での役割

編集部A:大学卒業後に社会でどういう人間になってほしいですか?

成島先生:やっぱり自分の居場所というか、家庭がありながらも1日何時間かは社会に接してほしい。ものすごく活躍している人ばかりじゃなくていいと思うんですけど、職をちゃんと持っている人になってほしいと思っているんです。日本女性特有といわれる就労年齢を示すⅯ字型カーブは年を追うごとに解消されつつはあります。大妻生の辞書にMはない、を目指したいです。

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